M&Uスクール

潜在意識の有効活用を教える学校”M&Uスクール”のサイト

今週の喝 第927号(2023.02.27~03.05)この世は全て催眠だ(667)〜私を育てた「こんにちは赤ちゃん!」〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(667
私を育てた「こんにちは赤ちゃん!」

  「吹奏楽部に入るなら、ヘルメットかぶって行けよ」
毎年新学期には、50名近い新入部員が顔を揃え、彼等の担任はブラバンにスカウトされた部員達に上記のような冗談とも本気ともつかないような注意をされました。
 アカンタレ忠洋も、世間で囁かれるこんな風評があったにもかかわらず、入学式の体育館2階から聞こえてきた選抜高校野球入場式の行進曲「こんにちは赤ちゃん」のイントロのファンファーレに頭を天ぷら棒30本でしばかれたような衝撃で、アカンタレ精神は何処かへ飛んで行ってしまった感覚のなか、フルートの廿日出(はつかで)信雄(のぶお)さんに勧誘されて吹奏楽部の門を叩きました。
 小学校4年生の時に音楽専門教師の田中信夫先生にレコードでドヴォルザーク作曲の交響曲第9番「新世界より」の第四楽章を聞いた時以来の“感動”でした。私のアカンタレ精神は、感動という心の衝撃の前では、敢えなく粉砕されてしまったのです。
 得津先生の素晴らしいところの一つに、父兄が居ようが居まいが、ビシバシで天ぷら棒や拳骨の嵐はへっちゃら、その上、
 「お前のオトンやオカンの顔が見たい!アホ!」
と罵声を浴びせます。コンクールの10日前になると、父兄が集まって美味しいご飯を炊き出ししてくれます。そんな折に、練習風景を参観するのですが、熱がこもってくると父兄が居ることも忘れ、天ぷら棒の嵐と罵詈雑言の台風です。
 今なら、暴力教師と言われ、教育委員会に訴えられかねませんが、今津の風土は相当得津武史先生用に整備されていたのでしょう。ある父親などは、
 「先生、ウチの坊主はもっと厳しゅう、頼んまっさ」
と子供の前で嗾(けしか)ける始末です。子供も慣れたもので、罵声が飛ぶと、自ら進んで先生の下に頭をもってゆきます。全日本コンクールも近づいてくると、先生も生徒も殺気立ち、その天ぷら棒にも気合いが入りその痛さたるや渾身の力で頭に打ち下ろされるため、普通の子供なら、縦にタン瘤が出来てしまうでしょうが、吹奏楽部の人間はへっちゃらのへーで威風堂々の練習は続きます。

 

★★人は自分の気に照準を合わせた時、念願は叶う★★
 私が今迄、出逢った師は、皆さん集中力に於いては、人並み外れた方々でした。生意気を言うようですが、私も発展途上の時期は、一つのことに関してはそれに固執する能力は自慢してあまりあるものでした。という風に自慢たらしく言っていますが、当初、子供の頃は何をしても気が散りまくっておりました。それが一つに纏まったのは先ほど述べた、体育館の2階から降り注ぐブラスバンドの響きに心底魅了された事象からでした。
 今もあの時のブラスの響きは身体全体に残っております。そして、時々そのサウンドの夢を見ることがあります。こんな強烈な体験をした私は果報者と言わざるを得ません。以前にも書きましたが小学4年生の時、吹奏楽部が練習している体育館の通風孔から新世界の第1テーマが聞こえてきて、それに耳を傾けた時の感覚が呼び起こされたのでしょう。後年、我が生涯の師匠・宇宿允人先生に、「君は、本当に音楽が好きなんだね」と言われたのも、この時の感覚がよみがえってきたからです。
 このように,当時の感覚を文章化していると、六根(眼耳鼻舌身意)で感じたことを、その当時から六境(色声香味触法)として全身全霊で感じていたのでしょう。いや、それすら意識しない集中の中に身を置いていたのかも知れません。
 私が、このように感じていた頃、巷ではオリンピックや万国博覧会が盛大に行われ、日本は敗戦国から立ち上がって真の独立国家としての威厳を取り戻しつつある時でした。そんな折、クラシックの世界は、世界一の管弦楽団ベルリンフィルハーモニーを率いる指揮者・ヘルベルト・フォン・カラヤン氏が一世を風靡しておりました。テレビでベルリンフィルの演奏するベートーヴェン作曲、第9交響曲「合唱」を初めて見た時、こんな全身にインパクトを与える曲を作る作曲家がいることに、また「新世界」の時同様の感銘を受け、それこそ得津武史先生が武者小路実篤先生の詩「道」から受けた感覚と同様の衝撃を受けたのです。
 この頃から、将来、このように人の心を揺り動かすような音楽を作れたら、どんなに素晴らしい人生になるだろうかと考え始めたのを、今、思い出します。もちろん、作曲の技術も知識も持ち合わせていませんでしたが、その情熱は、凄まじいモチベーションを誘発したその感覚だけは、潜在意識に残っております。
 今振り返ると、人間は“その気”に自分の精神の照準を合わせれば、それはいつか念願が叶うということを感じた瞬間だったように思います。

 

  この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/