M&Uスクール

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今週の喝 第917号(2022.12.19~12.25)この世は全て催眠だ(658)〜お世話になった方々を番組に呼ぶ企画が成立〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(658
お世話になった方々を番組に呼ぶ企画が成立

 私がDJを努めるNHK大阪放送局のFM番組「NHK BKジョッキー“梅忠のサウンドボックス”」には、我が担当のディレクターのご好意により、私がお世話になり、また大阪の地方に文化貢献をして下さった方々をゲストとしてお招きして作ったものも多くありました。担当の中原ディレクターが、
 「梅忠さん、月一回はあなたの知り合いの方をスタジオに呼ぼう」
と言われたときはとても嬉しく、多くの方の顔が走馬灯の影絵のように頭を巡ったのを思い出します。もちろん一番に脳裏を過ったのは、私をここまで育てて下さった、そして“希有”としか言いようのない出逢い、まさしく「運命的出逢い」と言っても過言でない方……そうです。「得津武史先生」でした。
 以前にも書きましたが、我がNHK教育部によって「明日は君たちのもの」(高鳴れブラス)という30分番組で、“日本一”を奪還するための練習に次ぐ練習、また、先生の心の内を、恐怖や葛藤をありのままに描き、私も高校2年生で、今津中学吹奏楽部の次世代を担う一年生の指導をしているところをスクープして下さったことを思い出し、そんな昔話をすれば、相当面白い番組ができるという予感が過りました。
 この企画は、何の抵抗もなしに採用されました。そして、番組当日、得津武史先生を(今は無き)NHK大阪放送局の表玄関でお迎えして、我が第三スタジオにて軽いブリーフィングを行いました。ご存じの通り我等が得津先生は、心底優しい方なのですが、その情愛が言葉として溢れ出たときには、逆にその感情が「罵詈雑言」に変わることも屡々でした。NHKには「放送禁止用語」なるものが厳しく存在し(その頃は、特に厳しかった)、それを取り締まったり、視聴者からのクレームの対応にあたるのが“考査室”という部署でした。
 (自分で言うのもおかしいのですが)生真面目な私は、そのような状況を得津先生に放送前にシッカリと伝えました。

 

★★迂闊なお願いが、緊張やプレッシャーを呼び込む★★
 その内容は、まず身体に障害のある方々を上から目線の言葉で表現してはいけないこと!
 ここではハッキリと書きますが、「めくら、つんぼ、おし、ちんば」等の差別用語などはもっての外です。“めくら”は、「目の不自由な人」と表現を変えなければなりません。その次に、(現在は、大分緩和されてきているようですが)固有の会社名や商品名を言ってはいけない。番組スタート当初、私はその当時発売されたてで、「若者文化」をかえてしまうだろうと思った商品が“ソニー製ウォークマン”です。しかし、私はこの商品名を連発してしまい、考査室に注意を受けたことがありました。
 「ウォークマンの君!いつも番組を聴いてくれてありがとう」
などとやっていたのです。また面白かったのは、阪神タイガースの球団歌「六甲おろし」を私のアレンジで今中吹奏楽部の子供達が演奏したものを、得津先生がスタジオに持ってこられたときも、生真面目な中原ディレクターは、
 「考査室を通さないと放送できないかも……!」
と言い出しました。その時は不意なことから考査室に勤める職員の方と喫茶室で知り合いになったことで、私が直接電話して“番組の事情”を話したところ、おかしなクレームは“ぶっ潰す”と確約を下さり、事無きを得たのです。この時私の加勢をしてくれたのは、有本ディレクターでした。
 さて、こんなことを得津先生に話していましたら、だんだん我が師匠・得津先生の顔が暗くなってきたのです。そして、打ち合わせの時には、コンクールや演奏旅行の裏話で第三スタジオは湧きに湧いていたのですが、
いざ本番!となって得津先生を紹介し終わった頃から、先生は、
 「ハイ!そうですね。イヤ、ホンマに!」
などと簡単な受け答えしかしなくなりました。番組終了後、先生を北新地のクラブに誘って、“反省会?”をしたときに、先生の暗い顔の理由を尋ねましたところ、
 「お前は、ワシが喋りたいと思うことを、ブリーフィングの時に放送禁止用語だからと全部禁止しよった。お前に迷惑を掛けたらアカンと思うと、“ハァ”とか“そうですね”しか言葉が出てこーへんかった」
と言うのです。この時、注意事項であっても、そのタイミングが本質からずれていたら、思わぬところで誰かを緊張させプレッシャーを掛けることを学んだ一日でした。

 

  この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/