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今週の喝 第861号(2021.10.18~10.24) この世は全て催眠だ(602)〜イオネスク・ガラティ氏の来日〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(602
イオネスク・ガラティ氏の来日

 我が師・宇宿允人先生は、ルーマニア演奏旅行で、
 「今度は私の妻を紹介したい」
というメッセージを4都市のコンサート終了後に政府関係者、音楽協会の首脳の前で話されたその日、
 「是非、今度来る時は、あなたの奥様と共にお越し下さい。その代わりと言っては何ですが、私どもルーマニアの新進気鋭の指揮者、イオネスク・ガラティ氏を日本で指揮させたい」
と、申し出があり、即座に我がヴィエール室内合奏団のルーマニア演奏旅行と日本の主要都市でのガラティ氏のコンサートが決定しました。
 先生の帰国後、暫くしてガラティ氏のコンサートスケジュールが決まり、我がヴィエール室内合奏団に管楽器とティンパニーをエキストラで増員し、モーツァルトの交響曲やコンチェルト(協奏曲)が演奏できる編成で、お迎えすることになりました。
 我がヴィエールが宇宿先生以外の指揮者を迎えてコンサートをするのは、この時が初めてです。
 そして、ガラティ氏が来日。初めて見るイオネスク・ガラティ氏は、身長180㎝以上、体重は90㎏を越える巨漢であるにもかかわらず、目鼻立ちがとてもキュートな30歳半ばの可愛い(失礼!)青年でした。
 我々が片言の英語なら、ガラティ氏も同様に覚束ない英語であったため、返ってコミュニケーションがスムーズだったのが、今も印象に残っています。こんな時、以前にも紹介したチェロの西幹夫さん(京都大学交響楽団出身)は、後日、初練習の時、何と見事なルーマニア語で、ウェルカムスピーチをしたから驚きです。私は西さんに、何時勉強したのか尋ねると、ガラティ氏の来日が決まった時から勉強したというのです。この時ほど、京都大学の素晴らしさを感じ入ったことはありません。

 

★★音楽生活始まって以来の屈辱★★
 「私は京都にある大谷大学4回生です」と自己紹介した時。いの一番にガラティ氏は、「京都や奈良も見物したいので、コンサートが一段落したらよろしく」と挨拶を交わしました。
 そして、2日後、初めてのマエストロ・ガラティの指揮で大阪でのコンサートの練習がスタートしました。
 曲目は1曲目モーツァルト作曲「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」、この曲はとても長いドイツ語の名前を冠してますが、直訳すると「アイネ(一つの)・クライネ(小さな)・ナハト(夜の)・ムジーク(音楽)」というので、日本では「小夜曲」と訳されています。音楽家の間では通称「アイクラ」。
 2曲目はモーツァルト「交響曲第40番ト短調k550」、ここにある「k550」の“k”はケッへルという音楽学者の頭文字で、モーツァルトの楽曲を作曲した順に調べたので、この名を(ケッヘル550というように)モーツァルトの楽曲には必ず付けて呼ばれます。因みにモーツァルトのフルネームは「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」です。しからば、ケッヘルのフルネームは「ルートヴィヒ・アロイス・フェルディナント・リッター・フォン・ケッヘル」と、とても長い名前の持ち主です。
 そして、ラストはベートーヴェン「交響曲第1番ハ長調作品21」、ベートーヴェンのフルネームはルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンです。ケッヘルの前にはフォン・ケッヘルと「フォン」いう言葉が来ていますが、これはドイツでは貴族出身を表す称号です。ところが、ベートーヴェンの前には「フォン」ではなく「ファン・ベートーヴェン」とあります。これは、ベートーヴェンの父ヨハンが音楽家でケルン大司教教会の歌手として活躍していましたが、出生が貴族ではなかったため苦労を強いられたことから、自分の名前にも、また息子の名前にも、貴族の「フォン」によく似た発音の「ファン」を付けたと言われています。嘘をつくと詐欺罪で告発されますので……。
 このように、音楽家が珠玉の名曲を残した裏には色々なエピソードがあり、その当時、地位が低かった証でもあります。しかし、モーツァルトやベートーヴェンはそんな社会条件に負けず、多数の名曲を我々に残してくれました。
 上記のプログラムは、現代の人達から見れば、軽いプログラムのように思う人もいるでしょうが、我々、マエストロ・宇宿に扱(しご)かれた楽員達にとっては、どんな曲も真剣に取り組むので総て大曲のプログラムです。しかも、今度は宇宿先生の指揮ではなく、ガラティ氏の指揮ですから、侮られてはいけないとばかり、完璧に彼の来日までに練習を済ませておりました。
 しかし、モーツァルト交響曲第40番で事件が起こりました。一楽章を2回ほど軽く通し稽古をした時、マエストロ・ガラティがコンサーマスターの松永みどりさんと、何やら密談を始めたのです。松永さんも何か抵抗して怪訝な顔で私と眼が合いました。そして、その一言は
 「フルートがアンサンブルに合わないから、もう一人のフルートにチェンジして欲しい」
こうして、私はプロになって初めて、下ろされたのです。モーツァルト交響曲40番の管楽器はフルート1本、オーボエ2本、クラリネットはなく、ファゴット2本、ホルン2本の編成です。
                                                                  
    この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/