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今週の喝 第849号(2021.7.26~8.1)この世は全て催眠だ(590)〜ここでも、共時性が働いた!〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(590
ここでも、共時性が働いた!

 先日、このコラムでずっと話している、我が師・宇宿允人先生の長女・宇宿由賀里さんからYouTube
 「第3回宇宿允人の世界 没後10周年特別企画」
への出演依頼がきました。もちろん快諾し、その収録を東京大手町のスタジオで行い、既に上記のタイトルでアップされています。是非、ご覧になって下さい。
 対談をしている内に、50年前の我が師との邂逅(かいこう)が、まるで昨日のことのように脳裏を甦(よぎ)り、既に鬼籍に入った師匠ながら、隣にいて色々と音楽の指導をしてもらっている当時の思い出が、現在のことのように感じられました。
 邂逅(かいこう)……人生を変えるような不思議な出逢いは、50年を経た今も自分自身が五感(眼耳鼻舌身)総てで記憶していることに驚きます。これも、このような懐古番組のお陰です。こんな機会を与えられたからこそ、自分の人生は自分一人で歩んできたのではない事を再確認できて、ただただ「感謝」の念が潜在意識から沸き出てくるのです。
 過去は取り戻すことが出来ない故、無意味なように感じることもありますが、現在の自分の成り立ちを確認することは、後進の育成に必要不可欠であることを改めて感じました。
 そして不思議な事に、このコラムに書いている私に気付きを与えてくれた楽曲、グルック作曲「精霊の踊り」が番組冒頭でブルガリアのトルブーヒン室内楽団との共演版で用いられていました。あの演奏の2日前に「君の精霊は騒がしい!」と注意を受け、前日に師匠の言う私の“心の贅肉(ぜいにく)”(余分なことを考え、欲得の世界が心を支配する)に「ハッ!」と気付き、それをシュターミッツのフルート協奏曲の後で、フルートのみのアンコールとして演奏させて貰った時のものです。私が音楽への純な心を取り戻した時の演奏です。そして、由賀里さんにこの曲を用いた理由を尋ねたところ、
 「素直に心に届く演奏なので……!」
という答えです。残念ながら、この“今週の喝”は読んでもらっていませんでしたが、これは、以心伝心によって“共時性の原理”がはたらいた証だと私は思います。それこそ、潜在意識に透徹する想いは、その意識レベルが同じ人間同士が共有するのです。

 

★★同年代の仲間が出来た★★
 このコラムで、格好良いことばかり書いているようですが、この境地に至るまで紆余曲折が本当に多くありました。「人生は糾(あざな)える縄の如し!」と言いますが、その流転は、自分自身の心構えに総て存在することを骨身に染みて感じております。
 20歳の時、先生にスカウトされ、中学の恩師・得津武史先生にその報告をした時、一言
 「初心忘るるべからず!」
と賜ったのですが、幸運が続くと人間はどうしても傲慢になり、初めは一つ一つのコンサートに傾注し、只々演奏させてもらえる歓びに感謝していましたが、私も例に漏れず、だんだんその境遇が“当たり前”と感じるようになりました。
 そんな折り、我がヴィエール室内合奏団もレパートリーを広げる為にメンバーがバロック音楽の小編成から、モーツァルトの交響曲を演奏できるくらいのメンバー構成になり、今迄は神戸女学院の出身者が主体となっていたところに、大阪御堂筋にある相愛学園大学(女子大)音楽学部から私と同学年のヴァイオリニストを初めとする弦楽器奏者が5名ほど入団してきました。
 私は以前にも書きましたが、吹奏楽でコンクールに出場するため、自由曲は管弦楽曲を吹奏楽曲に編曲したものを演奏してきました。そして、その編曲の妙味は、管楽器だけをどのように重ね合わせて弦楽器のようなサウンドにもってゆくかですので、弦楽器は「憧れの的」になっていました。
 そして、ヴィエール室内合奏団にスカウトされた当初も、弦楽器に囲まれての演奏でしたので、天使に囲まれて音楽を奏でるように夢見心地でした。そんな事もあり、宇宿先生という天才指揮者の下で演奏するだけでなく、憧れの弦楽器の響きの中に身を置いての演奏に対しても、本当に素直な気持ちになれました。その方達は、私より5~6歳年上の方々が主流でしたが、そこに私と同じ年齢のヴァイオリニストがやって来たのです。
 ジェネレーションとは不思議なもので、今迄、年上の名人級のお姉様に囲まれて演奏していた時は、緊張の中の感動が心地よく、楽団の練習もキリッと引き締まったものでしたが、同年代の大学生が入ってくると、私の心も少々「緩和」に傾き、また新規入団の相愛学園のメンバーもプロのオーケストラで演奏するという緊張の中に私を見つけてホッとしたのか、すぐに打ち解けました。
 暫くすると、私が独学で編曲や作曲の勉強をし、宇宿先生からも編曲の依頼があることを知ると、彼女たちが学校の授業で苦手な、和声学などの夏期課題を頼まれて代わりにやるような仲になり、和声学の点数が上がったことで、ますます打ち解けて、おだてられ、それにつれて私は得意満面、増長していったように思います。今から思うと、ほんの少し“出来る”だけで「ドヤ顔」をしていたのでしょう。それでも、みんなは私を小器用に活用していました。この頃の私は、まさに「井の中の蛙(かわず)、大海を知らず」の心境だったと思います。しかし、音楽に携われることの歓びだけは決して失うことはありませんでした。
 後に、この頃のことを思い出して、一般の人間は「慣れ→垂れ→飽き」と堕落へ進化してゆくことを発見しました。私がかろうじてそれを免れたのは、音楽への情熱が人一倍強かったからだと思います。


     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/