M&Uスクール

潜在意識の有効活用を教える学校”M&Uスクール”のサイト

今週の喝 第597号(2016.9.26〜2016.10.2) この世は全て催眠だ(339)〜名付け親の依頼!〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる
潜在意識ってどんなもの?

この世は全て催眠だ(339
〜名付け親の依頼!

 私が企業研修している会社の女性社員の方から、「今度次女が生まれるので、私に良い名前をつけて欲しい」という依頼がありました。私は、韻律だけでもパパやママが付けた方が良いとアドバイスしました。
 今では○○子という名前が古く感じるのか、将来の海外での活躍を意識してか、外国の名前に漢字を当てはめるのも流行っていますね。ちなみに、我が家の長女は梅谷安里です。これなどその典型でしょう。もちろん、漢字に意味がありますから、将来、インターナショナルな活躍をすると同時に、永年共にする人達にとって「安らかなるふる里」でいてくれればという思いを込めて、しっかりと姓名判断に用いる字画、それも、将来嫁ぐことも考慮に入れて(名字が変わる)、私自身が命名しました。
 この「今週の喝」でも常に申していますが、目に見えない世界が現世(この世)にどのような影響力を持っているのか、それとも、それは迷信なのかなど、その波及効果について研究し、その結果を“原因と結果の法則”(因果律)の中から示してきました。
 それは、霊魂の世界、占い、催眠、成功哲学etc.など多岐に及び、またこれらに我々の感覚(五感)がどのように影響を受け、その影響かをどう活用すれば幸福感が得られるのかも、研究し発表してきました。私が生業とする音楽も、朝の音楽は朝を連想させ、マーチは勇気を鼓舞する……その間の関係、つまり、音と人間の感性(想像力)はどんなメカニズムになっているかをお伝えし、その有効な活用方法を模索発表してきました。
 先週書きました「人間は相対性の生き物」も、そんな中から、好むと好まざるに関わらず、絶えず“調整”を必要とされ、その中から、アイデアが生まれます。それは、知識という学んで自分にため込む世界と、ある時突然わき出してくる世界の二系統が存在します。
 そんな中での、「名付け親」の依頼! これは、目に見えない因果律を子供への愛情のなかから、私への「信用と信頼」をもって委ねられたのです。
 
★★ミイラ取りが、ミイラに……!★★ 
 私は過去に多くの将来を託した子供達の名付け親の依頼を受けました。私が、姓名判断を学んだのは小林幸子の名曲「おもいで酒」の作詞家である高田直和先生からです。
 若い頃の私は、名前はフィーリングで付け、それに適当な漢字を当てはめ、その漢字の語意で後に意味づけたもの……といった軽い認識でした。現に、私の名前「忠洋」は、母が“洋子”で、母がひとかたならぬお世話になった方に“森本忠雄”という方がいて、その双方の一文字を我が父「郁郎」がつなげて名付けたのです。私はこの名を意外と気に入っていますので、今は亡き父には感謝しています。
 それはさて置き、若い頃の私は、目に見えない世界……霊魂の存在や占い、運勢など、何の研究もしないのにも関わらず「あれらは迷信!」と決めつけ小馬鹿にしておりました。そこに不思議な邂逅があり、クラシック音楽の世界で生きていた私に演歌の作曲依頼が来て、その相棒(失礼!)が高田直和先生だったのです。当初「思い出酒」とありましたが、正式原稿では「おもいで酒」と平仮名になっていました。お陰様で後に大ヒットするのですが、高田先生は、「やはり平仮名にして良かった」とボソッと言われたのを、私が聞き逃さず、「漢字ならなぜ悪いのですか?」と、目に見えない世界を全否定していた私は、食い下がりました。そこには、当時、目に見えない世界を盾に人を欺す新興宗教的霊感商法の要素を感じたからであり、また、これからコンビを組んでやって行く相方(失礼!)がそのような迷信めいたことに填まっていることが耐えられなかったからです。その上、高田先生の年齢は我が父と同い年ですから、そのジェネレーションギャップも手伝って、老若対決的気分が私の中にあったのでしょう。
 私の食い下がりに高田先生は根負けしたのか、姓名判断のいわれ(因縁)から、字画が持つ不思議、その実態例を挙げて詳しく説明してくださいました。そして、まだ出逢いの浅い時期であるにも関わらず、私の名前を姓名判断で分析し、過去の病歴から縁起(出逢い)、将来の運勢に至るまで語ってくれました。それが、な、なんとほとんど、どこかで私のプロフィールを観たかのように合致しているのに私の心は大きく動き、この研究に勤しむ切っ掛けになったのです。このように、姓名判断を切っ掛けにして、四柱推命、西洋占星術、血液型占い、中国仙道、道教、おみくじに至まで占い系のことはシッカリたっぷり、研究しました。
 ただし、私の悪い(?)性格は、それを信じるためではなく、どこかに不備を見つけ、イチャモンをつけてやろうというルサンチマン的意識が当時は相当強かったことを覚えています。

この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/