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今週の喝 第546号(2015.10.5〜2015.10.11) この世は全て催眠だ(288)〜「固定観念」は、生活習慣から生まれる〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる
潜在意識ってどんなもの?

この世は全て催眠だ(288
〜「固定観念」は、生活習慣から生まれる

 人は自分が生きてきた“経験と勘”によって、他人の行動を推し量ります。もしかしたら、自分の歩んできた人生こそ希有であり、特殊な縁で結ばれたのかも知れません。しかし、人間誰しも自分の歩んできた道が標準基準であると思い、それを「物さし」にして、他人の人生を計る故に、「失敗」することがあるのです。
 このように、自分の人生そのものを物さしとして一般の事象を推測し決めつけることを「固定観念」といいます。
 しかし、固定観念は、それを持った人間には確固とした“信念”であり、いつでも、どこでも、誰とでも(5W1H)…何をどのようにしようとも、同じ結果を生むと言う妄想の材料となります。そして、どの人間も自分の人生から得た体験こそ、世界の基準であり、それが人生感となります。
 一つ私の事例でお話ししましょう。
 私の父は、先の戦争の空襲で父(私の祖父)を亡くし、無一文の中から、母子で借金まみれの中、起業しました。そして、何とか会社を一息つくまでに安定させた頃、私は中学生でした。
 そんな頃、晩酌時に話す決まり文句が、
「世の中で最も恐ろしいものは、“利子”だ。何もしなくても勝手に借金が増えて行く。だから、何があってもお金を銀行から借りてはならない!」
と、まるで毎日のお祈りのように繰り返しておりました。
 ですから、自社企業が一応軌道に乗ってからは、どんなに苦しくても銀行からお金を借りずに、“身の丈に合った経営”を座右の銘にして、それを死ぬまで守り通しておりました。
 私は幸いにして、父の遺言に近いこの戒めを数限りなく聴かされ潜在意識に届いたのか、「借金は恐ろしいのだ」と何の根拠(体験)もなく思っています。その所為で、私は一度もローンすら組んだことはありません。それどころか、些少の貯金が出来た時、我が父の感覚とは正反対に、
 「世の中で最も愉快なものは“利子”だ。何もしなくても勝手に貯金が増えて行く。だから、何があってもお金を銀行に預けよう!」
と、感じたものです。
 
★★「我流」は失敗の素!★★ 
 “銀行”に対する観念も、私と父とでは正反対です。それは、性質の違いから来るのではなくて、上記のように生活習慣の違いからくるのです。一見、相反するように見える観念も、私と父の性質から考えると、二人とも(自分で言うのも可笑しいのですが)真面目で臆病な性質である故、体験したことや親の言いつけから感じ取った“人生感”を大胆に変えようとはしませんでした。それどころか、その体験や言いつけから得た感性から臆病とも言える“性質”を身に付けたのです。
 このように、同じ性質でも正反対の人生感を持つこともあるのです。
 よく中小企業の社長の皆さんとの会食会などで
 「銀行は、晴れた日には傘を貸してくれるけれども、雨の日には貸さない非情なところだ」
といった会話を耳にします。この意味は、銀行は企業が順調なときには融資してくれるが、苦しい時こそ融資して欲しいのに、その時こそ非情にも支援してくれない役立たずの存在だと“傘”にたとえて、自分の意向に添わない銀行を批判しているのです。
 まさに、苦しい時にこそ支援して欲しいのが人情です。しかし、銀行の側からこの事象を考察すると、
 「企業経営が上手くゆかないのは、その当主たる社長の事象判断に問題がある故、その判断基準を正しいものにしない限り、経営体制は変わらない。従ってその対策は、社長が変わるか、社長を替えるかの何(いず)れかである」
と、思っています。
 社長が変わるとは、自分(社長)の経験と勘から得た判断基準(固定観念)を捨てて、世の中が移りゆく法則……つまり、人の心の在り方の法則を研究し、自分の判断基準との相違を認め、正しい対処法を身に付けることをいいます。
 そして社長を替えるとは、自分の非を素直認めることが出来ない社長は、その首をすげ替える以外方法はないという非情なものです。
 銀行も一企業である以上、損をして存続できる訳がありません。ですから、その運営を科学的に分析して(経験や勘は最後の手段として)、最も堅実な策を執った場合、上記のような判断になるのです。この堅実性こそ「心の法則」から計算した方程式です。
 私も銀行経営者の方々とよく交流を持ち、彼らの考え方を伺いますが、とても堅実な判断基準をしています。それは、“歴史”や人間の“情動のシステム”から紡ぎ出した「成功方程式」を基準に運営し、(倒産も含めて)最善の策を講じ、それによって適切にアドバイスしているのが(冷静な感覚からは)良く分かります。
 つまり、経営者は感情や感覚に頼るのは最後であって、経営方程式を学び、それに則って正攻法で経営する姿勢が大切なのです。
 「孫子の兵法」にも、「兵は正をもって合い、奇をもって勝つ」とあります。その意味は、
 「正攻法で攻めて、最後に敵の思いもよらない方策を用いると勝利する」と、はじめに“経験や勘”から体得した独自のやり方による戦争遂行を戒めています。
 簡単に言えば、「我流」は失敗の素なのです。

この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/