M&Uスクール

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今週の喝 第377号(2012.7.9〜2012.7.15) この世は全て催眠だ(119)〜「集中と固着」の違いを知ろう〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる
潜在意識ってどんなもの?

この世は全て催眠だ(119
〜「集中と固着」の違いを知ろう

 「集中」「執着」……この二つは、似て非なるものの代表ではないでしょうか。人間が“心”を一(いつ)にして一つの物事に取りかかったとき、大宇宙の摂理は、その人間の心と共鳴し、心に願った事象が実現化します。坂村真民先生
 「念ずれば花開く」
と明快に喝破されたのも当然のことなのです。
 この「願う」という単純な行為にも、
 「○○なら良いのになあ」
程度のものでは、到底天にその意志は届きません。また
 「絶対に○○になるんだ」
と力んでも、力めば力むほど“意志反作用の法則”が心に働き、もう一人の心に住まう自分が
 「そんなこと、無理さ!」
と無意識に否定してきます。
 ですから、○○を何故、何のために、何時までに、どんな形でGet出来るのが理想なのか、という“目的意識”を明快にして、自分が歩む近未来には、その“目標(形)”はもう成就しているという完璧なイメージを描くのです。それには、自分自身の心と体がリラックスし(あらゆる雑念から解き放たれ)、その事象が、自分自身の我欲(楽と得)を満たすのではなく、多くの人達と歓びを共有するために、やるのだという信念が必要なのです。JAL再建を半ば果たした稲盛和夫氏が常に自分に向けている言葉、
 「動機善なりや!私心無かりしか!」
でもって、自分をチェックすることが肝要なのです。
 理想の形(目標)を明快にするには、それは、自分の心が私心を捨てたときに萌芽する“精神基盤”に、その物事の真の必要性を見いだしたとき心に生まれる“集中力”が必要なのです。

=解き放たれた自分を創るには!=
 心は、いつも移り気です。そこにクサビを打ち込むと「必」という字に変わるように、人は自分の心を水に漂う浮き草のように勝手気ままにさせてはなりません。「必ず○○をやるゾ!」と私が「ゾ・パワー」と呼ぶ、心の方向性が必要なのです。“必要”とは、「これが、必ず要となる」という信念の言葉です。心にクサビを打ち込むと、心は“精神”へと変容します。同じエネルギーでも、精神には方向性がありますので、そのエネルギー効率は格段に違います。それは、太陽光をルーペで集めると火を生じさせるように、集中は素晴らしいエネルギーなのです。従って、心に方向性を持たせる事こそ重要で、
 「自分の命を何のために使うのか」
という、まさしく書いて字の如く“使命感”が生まれるのです。欲望が使命感に変わったとき、「精神」と昇華した心は、「魂」という根源的生命力を得て、周りに地場のような影響力を示し始めます。
 宇宙創成を想像してみましょう。初め混沌とした状態の中で浮遊物質が漂っているだけですが、やがて少しずつ影響し合い、ぶつかり合って離散融合しながらだんだん大きな塊に成長して行きます。そして、ある一定以上物質が集まると、突然「光」が生じ星が誕生するのです。そして、星は重力場を持っているので、周りの小さな天体は「惑星」となるのです。
 心は、まさにこの宇宙創成と全く同じです。その中心核に素晴らしき精神が宿ると、それはやがて“魂”という輝きを生じるのです、そして、周りの多くの者達を従えて一つの集団を形成します。その集団がまたより大きな集団になるのは、太陽系が銀河系の一部であることと全く同じです。宇宙はマクロからミクロまで、全て同じ法則(神)の下に成り立っているのです。
 私は、「子供や後進の教育に必要な第一義は」と尋ねられると、それは「集中力」と「継続力」と答えます。その二つの力の根底には、「持続力」がなければなりません。その持続力を造り出す根本が、老子の説く「道(タオ)」であり、それは、人間の心に「目標」と「目的」が明快になったときに現れる心の法則です。この集中力と継続力さえ性質に組み込めば、後はサイコ・サイバネティクスが働いて、その人間を「賢者」たらしめてゆくのです。賢者の要素は、人の“内側”に育まれる「気付き」によるのです。内側であるが故に、自由自在に没頭・解除ができます。集中は、自分の意のままに操ることの出来る心の状態なのです。

 反面「執着」は、身体が悪くなるのが分かっているにもかかわらず「たばこや酒が止められない」状態に代表されるように、自分の外側からやってくる快楽や楽得で、自分の心が自由性を失って離れられなくなる状態です。
 しかし、人間は楽・得を外界に求める性質(横着性)を生まれながらにして兼ね備えているため、これに気付くことが至難の業なのです。外界に「快」をぶら下げられると、馬ニンジン……そのニンジンの方向へ馬が進むように、自分の意志は崩壊します。そして、ただ“楽得の形だけを求める心を失った人間=亡者”へと落ち果てて行きます。また、何の努力もしない人間も、傲慢性から「名誉心」を持っています。しかし、努力のないところに成就はありませんから、そこは辻褄を合わせることが必要となり、全てを「外界の所為」にするのです。
 人生は、須く自分の内側が原因でその所業を積み重ねて行きます。これが「心の第一法則」なのです。ですから、もし、自分に起こる不本意なことが、周りの所為と感じたら、あなたは「気が散っている」と解釈し、自分を改善して行くのです。
 さあ、自分の人生を自分の心という“舵”でしっかりと自分の「運命」を先導して行きましょう。

この続きは、また来週のお楽しみ……('-^*)/