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偉人に学ぶ……白隠禅師（１２）
白隠禅師は、江戸期禅中興の祖として、多くの人に影響を与え、その中に信濃の良寛和尚もいます。良寛が甥の妻の実家の主人に宛てた手紙の中に、
「白幽子の伝えた例の養生法を、一所懸命に実行しておられますか。私は、毎日実行しているので、寒さもしのぎやすくなっております」
というくだりがあります。良寛は「夜船閑話」を読んで、その内観の秘法を実践し、人にも勧めていたのです。
このように白隠の内観の法と軟酥の法は、禅を通じて民衆の中に深く浸透していったのです。
そして、享保三年（1718）白隠三十四歳の時、京都の本山妙心寺より、自分が十五歳で入山した松蔭寺の住職として正式に任命され、慧鶴(えかく)改め白隠と名乗りました。白隠の白は霊峰富士の姿を表し、隠は「かくれる」と「あらわれる」の二つの意味があると言います。
それから十年、自ずから修行に励む一方、各地で禅の講義をして回ったため、松蔭寺には、全国から修行僧が続々と集まるようになってゆきました。
＝白隠さんの赤ん坊＝
白隠禅師には、各地でいろいろなエピソードが残されていますが、どれもこれもその心の大きさを示す物語です。
ある日のことです。原の宿のある商家の娘が身ごもりました。父はその相手が誰であるか娘に問い詰め、折檻に至りました。娘は苦し紛れに「は、は白隠さまです」と言い、そのまま泣き崩れてしまいました。
そしてそれから数ヶ月後、赤ん坊は元気に生まれましたが、突然、父は娘から赤ん坊をひったくると、白隠のいる松蔭寺に赴き、
「偉い坊さんだと思っていたら、とんでもない坊主だ。家の娘に子供を産ませやがって、あきれた奴だ。さあ、引き取れ！」
と迫り、赤ん坊を振り回します。
「そんなに乱暴する出ない。赤子がかわいそうではないか。よしよし、私が育ててあげようなあ」
と、弟子たちの見ている前で、ニコニコと赤ん坊をあやします。それを見ていた修行僧の多くは、
「やれやれ、噂とは違うひどい和尚だ。まったく、こんな所にいられるか」
と、寺を去りました。この事件で、白隠はすっかりと宿での信用をなくしてしまい、信者の心も離れていったのです。しかし、白隠は何の弁明をすることもなく、赤ん坊と心静かに暮らしました。多くの弟子たちが寺を去ったために、托鉢に出かけるときも、赤ん坊を背負ったまま行きました。そんな白隠に街の衆は冷たい視線を投げかけ、中には塩を撒いて追っ払う者もいます。
そんな白隠の姿を影で見ていた赤ん坊の母は、父親にどうか布施をと願うのですが、父親はがんと聞き入れず、
「あんな坊主に布施などする者は誰もおらんぞ」
と、息巻きます。そして、雪の中をとぼとぼと子供を背負って寺へ帰る白隠の後ろ姿を見て、赤ん坊の母は、
「と、父さま、あの子は白隠さまの子供ではありません。私の身勝手で、お父様の折檻に耐えられず、嘘を言ってしまいました。ご、ごめんなさい」
と、真相を明らかにしました。それを聞いた父親は、我を忘れて白隠を追いかけ、
「和尚さま、申し訳ありません。私どもの間違いでございました。失礼の数々、平にお許しください」
と、平身低頭謝りました。すると白隠は、
「そうか、この子にも父親があったか。それは良かった。では、大事に育ててくださいよ」
と、何事もなかったように、雪の中を寺へ帰って行きました。この泰然自若とした態度が、民衆の心を打ち、より一層白隠の名を揺るぎなきものにしたのは言うまでもありません。素直に謝罪した父親にも、苦し紛れの言い逃れをした赤ん坊の母にも、みんなの心に温かな種を蒔き、美しい心を芽生えさせたのです。
世の中は、「○○の所為だ」とばかり、責任を押しつける傾向が強いですが、白隠は、現状を正視し、人の心に善の種があることを信じて、ただひたすら赤ん坊の幸せを願ったのです。我々凡人は、いつも自分の側の正しさを顕示し、権利や主張をするため、正しいことをしても正しい結果にならないことが儘あります。常に、弱き者のことを忘れず、逍遙と事態を受け入れる白隠の姿を、我々はしっかりと見習いたいものです。そして、寺を去った修行僧のように、己の師匠を周りの庇護流言に惑わさた者には、大いなるリトマス試験紙があると言うことでもあります。一人の嘘で、多くの人間の資質が明るみに出る。人を信ずると言うことは、相手がどのような事をしようとも、信じ切ることが肝要であると、私はこの物語から感じました。
我が師法然を信ず
たとえ地獄に堕ちても悔いはなし
親鸞
この続きはまた来週……('-^*)/
