M&Uスクール

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今週の喝 第995号(2024.06.17~06.23)この世は全て催眠だ(736)〜指揮棒が振り落とされたのに、音が出ない!〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(736)
指揮棒が振り落とされたのに、音が出ない!

 「君たちに音楽をやる資格はない!」と言わんばかりの成績を付けた宇宿允人先生を我が今津中学にお招きして、「何処が悪かったのかを聴こう」ということになって、吹奏楽コンクールの県大会の一週間後、宇宿先生が我が母校の体育館に来て下さいました。得津先生は、
 「みんなでボコボコにやってもたろぅ。ええか……分かったな!」と息巻いていたのですが、当日は朝から息が荒く、なにかイライラしている様子を子供達は感じ取っておりました。
 そして、宇宿先生が我々に自由曲に選んだリヒャルト・ワーグナー作曲の「ニュルンベルクのマイスタージンガーより、第1幕への前奏曲」の冒頭の部分を指揮台に立つや否や、私が生まれて初めて体験したと言っても過言ではない大迫力(気迫)で、鼻息とともに指揮棒を振り下ろされました。ところが子供達はキョトンとして誰1人として音を出す者がいません。
 私は指揮台の斜め後方3㍍くらいの所でミニ・スコアを手に一言一句レッスンの模様を聞き漏らすものかと陣取っておりましたが、その私ですら、何処で吹きだしてよいのか“分からない”のです。
その様子をこの紙面に書くのは頗(すこぶ)る難しいのですが、先ず楽団の下手(向かって左)から上手(向かって右)まで丹念に目配せして、さも「今からワーグナーを演奏するぞ!」と言っておられるように見渡した後、渾身の気迫を込めて大きく息を吸ったかと思った途端、指揮棒が振り下ろされました。正直に何処で吹き出せば良いのか「分からない」のです。今迄見たこともないような指揮ぶりに戸惑ったのはその場にいたすべての人が感じた事でした。
 そこで、宇宿先生は多くの指揮者がやるように、3,4とカウントを取って一拍目を振り下ろしました。すると子供達は「ジャーン!」と45人が揃って音を出します。その次にまた初めと同じタイミングで指揮棒を振り下ろされます。……やはりみんなは無音です。

★★毎朝6時に私を起こしにやってくる★★
 宇宿先生は、それから懇切丁寧に子供達に自分の指揮法を解説し出しました。「指揮棒は見るものではない!感じるものなのです」と言って、持っていた指揮棒を虚空高く放り上げたのです。もちろん指揮棒は床に“カチャ”と音を発して落ちます。このところを楽員みんなが想像して、その創造力が全員合致したところで音楽が始まると言うのです。数人の部員に指揮棒を放り上げてレッスンして下さいました。他の者はそれを固唾を呑んで習得していました。みんな大分そのタイミングを掴んだところで、斉奏です。子供は純粋ですので、宇宿先生が次に鼻息荒く息を吸い、指揮棒を天高く放り上げたところをイメージして演奏したところ、今迄聴いたことのないような迫力在るサウンドで“マイスタージンガー”が始まりました。その時、レッスンを見学に来ていた父兄の数人が、突然立ち上がり演奏中であるにもかかわらず、大きな声と拍手を送ってきたのです。いわゆる“スタンディングオベーション”が起きたのでした。
 この時点で、得津先生は完全に「沈黙の艦隊状態」です。この冒頭の部分の練習だけで、ゆうに一時間は費やしました。私は宇宿先生がお出でになる前と後の模様を録音しておりました。もちろん当時ですのでラジカセクラスでの録音でしたが、明らかに同じ位置で録音したようには思えないのです。練習後、聞き比べれば比べるほど違いは明らか!ところが、この呼吸法と指揮をブッキングさせた指揮法を真に真面目な得津武史先生は中々マスターすることができません。宇宿先生はそんなことはお構いなしに得津先生に生徒達を前に指揮法のレッスンをします。初めは照れながら指揮棒を振っていた得津先生ですが、宇宿先生の気迫に押されて、だんだん熱が入ってきました。宇宿先生が教えて下さる指揮法は一朝一夕にマスターできるものではありません。あまりにも何回もやり直しが掛かるので、部員の一人ユーホニウムの内村君が、ボソッと「未だマスターできひんなぁ!」と言ったのが得津武史先生の耳に届いたから大変です。
 「今、いらんことぬかしよったん(“言う”の大阪弁)は、何奴(どいつ)じゃ?」
と言って内村君の方に向かって行きました。そして天ぷら棒で内村君の頭を一撃しようと振り下ろした途端、思いもよらず彼はそれを躱(かわ)し、叩かれないように逃げるではありませんか。それに少々ムカついた得津先生は内村を追いかけます。思いもよらない追いかけ合いになったのを宇宿先生は微笑ましく見ておられました。
 さて、次の早朝(午前5時頃)私に得津先生から電話がありました。
 「梅谷君、昨日、宇宿先生が教えて下さったこと、ちょっと分からないところがあるよって、今からオマエの所に行くけどエエか!」と、な何と!昨日の宇宿先生のLessonの復習にお出でになるのです。この日を皮切りに、それから2週間も毎朝6時にお越しになるのです。この時思ったのですが、得津武史先生のコンクールに対する執着は、それは常人の域を外れたものだということが分かりました。

 

  この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/