M&Uスクール

潜在意識の有効活用を教える学校”M&Uスクール”のサイト

今週の喝 第684号(2018.5.28~6.3)

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

 成功への道しるべ!この世は全て催眠だ425


 モチベーション教育の最先端

 
 キグチコヘイ ハ テキノタマニ アタリマシタガ、
 シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ

 中学1年生……人間として論理や逆算が出来るようになる年。死ぬという意識も近くに死人が出ない限り、実感は有りません。この修身の教科書を編集した人も子供達に「死を美しく表現する」、また当時(日清戦争時)の日本の主な産業と言えば、養蚕業くらいのもので、それで、軍艦を当時の先進国から買いつないで戦争継続するような財政状況でしたから、それはもう強い精神力を持った愛国心溢れる戦時的美談で、国民の愛国心を鼓舞するしかなかったのです。
 また、今まで作られた映画のジャンルの最も多いのは「戦争映画」であるように、人間が一旦「武勇伝」の虜になると、格好良すぎる姿に、昔の戦争を戦った兵士や将軍を憧憬、尊敬の眼差しで捉えます。この若者の心理を逆の視線で作った映画が「西部戦線異状なし」です。素晴らしい映画ですので、是非ご覧になって下さい。
 私も中一の時から、死んでも楽器を放さなかった木口小平ラッパ手を凄い精神力の持ち主と憧れました。
 今から振り返ると、我々今津中学校吹奏楽部員は得津先生より、「頭は使うモンや無い、感じるもんじゃ」「死んでも楽器を放したくなくなるいくらい練習せんと、その楽器の味は分からへん」等々の有り難い格言の裏には、人間各々が持つハンディキャップを乗り越え成功という目標に真っ直ぐ向かっていく意図が隠されているのです。
 ほとんどの人間は、自分を頭のよい人間だと思いたいけれど、どうも自信が持てない……そんな時に考えるのではなく頭は感じるものと言われると、それだけで納得し優越感に浸ります。

 

★★為せば成る為さねば成らぬ何事も★★
 
 このように思い出話を執筆する私も、実は一ヶ月前からひどい「腰痛」と「肩腱断裂」の苦痛に悩まされ、文字通り七転八倒。体験された方はお分かりでしょうが、「ようつう」という言葉の響きからは想像も付かない痛さです。それこそ寝ても歩いても座っても何をしても痛いのです。
 M&U SCHOOLの皆さんは、「そこまで無理をしたら身体を潰すよ」と優しい言葉を掛けてくれます。しかし、この戦いは私が得津武史先生を卒業する為の戦いなのかも知れません。どういうことかというと、得津先生のモチベーション論理を私がこの病を乗り越えることで、現在、私がSCHOOLの皆さんに伝えていることの証明になるからです。
 先生は、文字通り「不退転」の決意(成功するまで止めない)とは、現代人にはオーバーに聞こえるでしょうが、明治から昭和20年までの日本は、それこそ少しでも気を抜けば「国破れて山河あり」状況でした。その頃の窮状を知らない現代人は、好戦的とか侵略戦争と言って、いかにもひどい野蛮な国のように言いますが、論理的には無責任に聞こえますが、それ以上の選択はなかったように思います。「お前は右翼か!」と罵られそうですが、悲惨な戦争終結の後のあの世界的大復興を成しえたのも、あの戦争に参加した兵員達が、「戦争許すまじ!」を合い言葉に戦争を避ける努力のたまものだったのです。
 海軍兵学校や陸軍士官学校の卒業生は敗戦の悔しさを胸に、それこそ死に物狂いで日本を経済大国に導きました。また、一兵卒であった得津武史伍長は、日本古来の武士道精神を音楽で「吹奏楽日本一17回」という異形を示し、「やれば出来る」ことを証明しました。先生の言いたかったことは、上杉鷹山の座右の銘
 「為せば成る為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬ成りけり
でした。
 さて、先般のこのコラムで、先生が私たち一年生に「吹けないところは、素直に言うてこい」というので職員室に行った話をしましたね。その顛末は、グイッと耳を引っ張られて「出来るまで、練習さらせ!」の一言でしたね。
 この話には続編があります。
 私がレギュラーそして中二になった頃、確か今頃です。同じように「吹けないところは素直に言うてこい」のお達しがありました。その時、サンサーンスの「英雄行進曲」の有る箇所がどうしても出来なかったので、素直に申告すると、
 「分かった!給食後、楽器と楽譜を持って、校長室に来い!
です。今回こそ教えて貰える(かも?)と思い、緊張の極致で校長室の扉を開けますと、得津先生と園田秀夫校長が何やら話をしていました。私は、「梅谷忠洋入ります」と軍隊式のお辞儀をして入室すると、突然得津先生は、校長に
 「この梅谷は、中々フルートには筋があると思って扱(しご)いてまんねんけどな、コンクールの自由曲の有る部分がでけへん言うとりまんねん
すると、園田校長は尽かさず
 園「その部分を彼がミスをすれば、どうなりますか
 得「そら、コンクールに負けまんな
 園「それは絶対にいけません
 得「ほな、吹けるようにしてよろしおまっか?梅谷、今校長はんの許しが出たさかい、歯を喰いばれ!
甘く見ていた私が悪いので有りました。次の瞬間、私の丸刈りの頭には、フォルテッシモの天ぷら棒の嵐が吹き荒れ、次に私の耳をグッと引っ張った得津先生は、その耳元で、
 「明日もでけへんかったら、もう一発お見舞いしたるからな……!
不思議な事に次の日には、サンサーンスサンザーンスになりながらもクリアできたのであります。
 正に、頭は考えるところでなくて、痛みを感じる所だと言うことが骨身に染みたのです。齢66になった私は、これからも「痛みに挑戦」してゆく覚悟は出来ていますので。
 今宵はここいらで良かろうかい……!

      この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/