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今週の喝 第904号(2022.09.19~09.25)〜関学の第三応援歌の作曲依頼が来た!〜

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関学の第三応援歌の作曲依頼が来た!
 関西学院応援団吹奏楽部のメンバーを引き連れて、夏休みにはシンガポールに演奏旅行に招待され、4回のコンサートを見事にこなし、上げ潮の感覚がメンバー全員に漲り、そして全日本吹奏楽コンクールで見事に“金賞”を奪還しました。
 そんな勢いに乗って、そのメンバーの一人である細見和志君と私の妹・泰子と大恋愛の末結婚というおまけ付きでした。そして、コンクール終了後、渉外の宮原君から私に“お礼の心”と言わんばかりに、関西学院大学の第三応援歌の作曲も依頼され、学生手帳に今も掲載されています。
 そして、4回生の最後の仕事となる一年を締めくくるフェアウェル(さよなら)コンサートの企画会議にも呼ばれ、意見を具申されたとき、私は吹奏楽団では滅多に演奏しない、交響曲の全曲演奏を提案しました。同じやるなら世界で一番有名な交響曲が良いということで、「ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン作曲交響曲ハ短調作品67“運命”」をメインに吹奏楽の領域を越えた選曲で、指揮は私が指名されました。その時のアンコール曲は、これも私の大好きな賛美歌「神の御子は今宵しも」を大ファンファーレを入れて編曲しました。
 そして、12月の初旬に関西学院大学第三応援歌の録音が、彼の大学のこれも良い成績を収めている関西学院大学グリー・クラブとの合同演奏で、これまた懐かしい「今津音頭」を録音してくれた日本ワールドレコード、レコーディングディレクターは社長の靱氏で、フェアウェル・コンサートと同じ西宮市民会館(現:アミティー・ホール)。このホールは「おもいで酒」が売上げ10万枚突破記念のショーが開かれた場所でもあり、私にとっては思い出深い場所でした。

 

★★文化の違いやなぁ★★
 さて、一年の全ての行事が終わった12月25日、その日は4回生の引き継ぎを兼ねたクラブの打ち上げ会がありました。その終了後、新4回生の新部長・昭慶(しょうけい)君が横に旧部長の田村君に付き添われて私のところに浮かぬ顔でやって来て
 「先生、お話しがあります。」と切り出しました。
 「実は、来年の先生との契約についてですが、現3回生の大半が『あんなに厳しい練習にはついて行けない。夏など風呂も入れない』と言っている。もちろん金賞奪還出来たことは心より感謝しています。」
と言ってきたのです。彼等は全ての事情を掌握し一年間を振り返っての決断でした。そして、それを後押しするかのように卒業生の中には、
 「関学以外の人間の下で“金賞奪還”をしても意味がない」
とまで言う人間がいると聞いて、若さの所為でしょうか、私の腹は煮えくり返りました。そう言えば、コンクール当日成績発表の時の異様な雰囲気が私の脳裏を過りました。それは、「やった!」とばかり飛び上がって喜んだのは4回生のみ。3回生以下は、
 「あれだけ練習を重ねたのだから、金賞は当たり前ダ!」
と、心の底からの歓びは湧き上がってこなかった……と言うのが3回生以下の言い分でした。
 それなら、金賞を奪還できていなかったなら、私は文句を付けてきた卒業生に何を言われていたか……と考えると、完璧なダブル・バインド(二重拘束)を初めて体験し、2~3分躊躇った後、私は
 「承知した!来年も金賞を続けるよう頑張れ」
と、新部長に言って私は関西学院大学応援団総部吹奏楽部を去りました。監督の山口照太さんは、「申し分けない!」の連発で、こちらの方が恐縮してしまいました。
 後日談ですが、翌年、関学は“銀賞”に甘んじたそうです。文化の違いというか、何が何でも“金賞”という意気込みのない者達には当然の報いだったと思います。しかし、新4年生の中の一人が言った言葉が今も私の心に引っかかっています。
 「あぁしんどかった!全然嬉しない。しか感じませんでした」
この事を今津中学の得津武史先生に話すと、
 「そうか。ご苦労はんやったな」
と、ボソッと言って、
 「文化の違いやなぁ!」
と吐き捨てるような小声が今も印象に残っています。私は心を揃えずに、目標に向かって、喩えそれが適っても、歓びが体現できない事をこの時、初めて知ったのです。

 

   この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/