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今週の喝 第877号(2022.02.07~02.13) この世は全て催眠だ(618)〜高田直和先生とは〜

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潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(618
高田直和先生とは

 「おもいで酒」の作詞家、高田直和先生について詳しくご紹介致しましょう。先生は神戸にある“名誉金杯”のブランドで有名な“金杯酒造”の分家の出身です。元は「高田屋酒造」と言ったこの「金杯酒造」は、司馬遼太郎先生の小説「菜の花の沖」の主人公・高田屋嘉兵衞を先祖に持つ名門中の名門の出です。
 また、高田直和先生は神戸魚崎にある進学校の名門中の名門・灘中学を軽々とパスし、その学友として、我が父・郁郎の今津小学校時代の盟友で、大関酒造株式会社の長部文治郎(おさべぶんじろう)氏(後に社長)の弟・長部治郎(おさべじろう)氏とも頗る仲が良かったようです。
 このようにして、私が生まれ育った今津という街の青年会を我が父や、名門中の名門の酒屋の旦那衆が、戦争によって荒れ果てた今津という小さな街の復興に心血を注ぎ、未だハッキリとは見えない縁が、徐々に明らかになって行くのには、私も後に人間関係の妙味に摩訶不思議な“縁(えにし)”を感じざるを得ませんでした。
 しかし、未だこの時期は、大関株式会社代表取締役社長であった長部文治郎氏は、私に演歌を作曲する才能があるなどとは思ってもいなかったようでした。また、高田直和先生も私の父と大関酒造の社長や副社長が盟友同士ということも、全く知らなかったようで、後に酒屋の新年集会に招かれた時に総てが結び付くという、摩訶不思議なサプライズが起きるのです。
 「縁は異なもの味なもの……!」と古来より言われますが、まさに、こんな近くに酒屋さん関係の名門中の名門の方々が、名を連ね、それも私の親の世代同士からの縁が、既に懇意にしており、その人達のために作ったと言っても良いくらいの歌に成長して行くのです。この時のご縁こそ、私の原点として心に深く刻まれました。私自身、自分の作曲にはシッカリとした自信を持ってこれらプロの世界の方々に聞いて貰ったのですが、その時、初めて人間には先入観という得体の知れない、固定観念や既成概念がこびり付いていることにカウンターパンチを喰らいます。これは、単純に“悔しさ”というようなものでは解決できないショッキングなものでした。

 

★★“情緒”こそアバウトの世界★★
 高田直和先生と西宮市民会館の喫茶店で初めて出逢い、演歌談義、音楽談義に花が咲き、喫茶店すら出入りに慎重だった私が
 「今津中学のページェントを取り仕切っているのがこの人!」
という今西えいじ西宮市議会議員の触れ込みでその場の空気が完全に明るくなり、高田直和先生がシッカリと懐に認めていた虎の子の作品「おもいで酒」を私に託されたのです。
 先般も、その詞を貰った第一印象を書きましたが、
 「無理して飲んじゃいけないと、肩を優しく抱き寄せた、あの人どうしているかしら……」
私にはこの言い回しそのものが不思議の骨頂のように感じたのです。
 男性(A)が女性(B)を酒場に誘っておきながら、“無理して飲んじゃいけない”と言うあたり、そして肩に手を回し口説く辺りなど、私の観念では辻褄が合わないのです。
 そんな時、近くに居た牧野多美子さん(Vliolin)が、
 「演歌の世界は情緒の世界やから、何となくで良いんと違う。梅忠は何でもキッチリと真面目に処理しようとし過ぎるからね。女は、適当にやってくれる男性が良いんよ……!」
 多美子さんのこの言葉を聞いた時に、私は、
 「何で君にこんな男女の機微が分かんねん?何で知ってんねん……!」
と、とても悔しい気持ちに追いやられたのを思い出します。
 私は、音楽やそのバイブレーション(波動)が持つ情緒には敏感でしたが、それを過剰に、且つ、真面目に捉まえすぎて“情緒”というものが醸し出す“余裕”が無かったのです。
 そこで、高田直和先生の作詞を大きく砕いてみて、そこに存在する人間の感覚感性から一つ一つ、そこに展開する男女の在り方をアバウトに感じ取ってみたのです。それも、詞の内容を一つ一つ精査するのでは無く、相手の良さの虜になったウブな二人が、親しくなるに連れ、お互いが我が儘を言い合い、それでいて互いに求め合う……にもかかわらず“我”を押しとどめることができない。こんな稚劣な未成長の二人、凡そ大人になりきれない二人がそこにいるのを理解した時、私の眼前の理屈っぽい私は、面白いように霧散し、一つの境地が私の心を支配し始めたのです。

 

   この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/