M&Uスクール

潜在意識の有効活用を教える学校”M&Uスクール”のサイト

今週の喝 第847号(2021.7.12~7.18)この世は全て催眠だ(588)〜救世主の言葉〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(588
救世主の言葉

 何のために音楽をやっているのか……?
中学一年生の時、「ブラバン入れ!」の得津武史先生の一言から始まった私の音楽人生は、それから10年も経たないうちにプロのフルーティストとして、活躍させてもらえるようになりました。
 宇宿允人先生にスカウトされた旨を得津先生に報告した時、「そうか、よう頑張った。初心忘るるべからず!」と、一言伝えて下さったのを思い出します。この「初心」とは人間の転機(人生が変わろうとする時)に訪れる「心構え」のことです。成功者といわれる人達は、色々な“苦”を乗り越えて、やがて自分のスタンスやスタイルを見つけ出します。そして、それが世間という多くの人々に認められることで世に出て、先ずは、金銭的な安堵が与えられ、原初的な“苦”が取り払われます。この時、同時に「初心」も確立されるのですが、時が経つにつれて、苦しかった頃のことが形骸化し、口先だけの“苦”に変わってゆきます。つまり、貧乏な時代はそれから脱却したいと真摯に願い、自分の心に投影して「頑張ることに傾注」するのですが、やがて時間が経つにつれ、その時の思いがデクレッシェンド(フェードアウト)してゆき、懐古の領域に入り「あの頃は、大変だったよ」と昔話となって、実感がなくなります。そして、また同じ過ちをする可能性が出てくるか、もしくは、「初心」を知らず知らずの内(無意識に)に、現在(いま)の自分に都合良く解釈を変えてゆきます。
 私も例に漏れず、初めてプロとしてステージを踏ませて貰った時から、大きく「初心」がねじ曲がっていたのを思い出します。当初、笛が吹けるだけで嬉しかったのが、徐々にギャラの額が気になったり、オケのメンバーを気の合う者とそうでない者に振り分けたり、「初心は何処に行ったンや!」となるところでした。そんな時の師の一喝「君の音楽は騒がしい!」
 これは、私にとって“救世主”(メサイア)からの一言でした。以後、自分ではブレることなく真っ直ぐに人生を歩んできたつもりです。(人から見れば、その評価は分かりませんが……)ですから、師とは“救世主”のように歪んだ道からアホを救って下さる存在なのです。(もの凄くうるさい存在でありますが……)

 

★★人は、逸れる生き物!★★
 私は「精霊の踊り」以来、毎朝、自分が音楽をやる目的や、潜在意識の機能を皆さんに伝える切っ掛け、またその霊的意識レベルについて、軌道が逸れないかどうかを確認してBedから起き上がります。
 先ず、私が音楽を演奏したり作曲したり、また編曲するのは、私にしか出来ない音楽表現でそれを聴いてくれる方々の心がプラス(嬉しく、和やかに、感動し、安らぐ)になるためにやることを確認します。つまり、Identity(独自性)の確認です。そして、私の人生で、その回答の根本に見いだした心が“愛”(私の音楽を心より聞いて下さる方々が一番!)でした。私の音楽を愛してくれる方々の為に演奏し音楽を作ることに気付くまでに、数十年掛かりました。
 フルーティストはフルートと格闘するため、知らぬ間に“自分のための練習”に陥ってしまいます。この辺りは、新入社員が「自分の生活費」の為に働きにくるのと同様です。また、経営者が“社会貢献”を忘れて守銭奴に成り下がるのもここにあります。つまり、“余裕のない時”にエゴの世界の悪魔が囁くのです。その時の副産物は、私の経験則からいうと、「焦りの心」です。ここで、注意しなければならないのは、「早くやろう(焦り)」とする心と“迅速”とは全く種類が違うことを理解しなければなりません。
 「迅速」とは、相対的に的確に完了することです。ですから、音楽では「poco a poco=だんだん」スピードを上げ、腕を磨いてゆくことが肝要です。全く違った分野である「兵法」も、孫子“迂直(うちょく)の計”と説いています。「迂(う)を以て直と成し、患(かん)を以て利と成せばなり」……つまり、「遠回りと思っている道が実際は近道で、患(わずら)わしいことこそ最後の利益に繋がる!」というのです。富士山の頂上を目指すのに麓から一直線で登れば距離的には近いですが、その道がつづら折れになっているのは、一刻も早く頂上を目指す条件が、「距離」だけではなく「体力」も考慮に入れないといけないからです。ですから、一見遠回りに思える「つづら折れの道」は、最も効率の良い近道(直)なのです。スポーツでも長い時間を掛けるマラソン競技では、この「迂直の計」を身体に覚えさせた者がその勇姿をものにします。しかし、若い世代にはその心情を中々自分のものにすることは出来ません。「早くやってしまいたい」からです。その結果、“焦り”が心を支配し、失敗するだけではなく、以後の人生に多大な影響を与える「癖」となって、潜在意識に蔓延るのです。
 私の考えですが、能力や才能は人間誰しも五十歩百歩で大差は無いと思いますが、その心構えには“焦る”か“落ち着く”かで、「出来る」か「出来ない」かの大差が生じるのだと思います。経営も同じではないでしょうか?
 このように、楽器一つの葛藤でも心構え一つで大差が生まれる訳ですから、それに固執して“愛”という人間関係の最頂点にある感覚を忘れ去ってしまうのも当然です。だからこそ、師は少しでも道が逸れようものなら、全身全霊でその妄想から目覚めさせてくれるのです。時には、鉄拳制裁も厭わずに……。

 

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/