M&Uスクール

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今週の喝 第817号(2020.12.14~12.20)この世は全て催眠だ(558)〜このコンサートは、我が人生に於ける“子供”との決別!〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(558
このコンサートは、我が人生に於ける“子供”との決別

 借り物の衣装、借り物の楽器でスタートした私のプロの音楽家としての第一歩は、まさしく波瀾万丈。私をソリストとして起用することに対する主宰者側のクレームからのスタートでした。
 本来なら、心乱れてアタフタしたでしょうが、生まれ育った環境や地域性などが相乗効果を発揮して、逆に闘志溌剌……疾走馬がゲートインしたような闘争心で満たされておりました。しかし、それが顔に出ていたのでしょう。その場にいた、コンサートマスターの松永みどりさん、そしてマエストロの宇宿允人先生、お二人がその気を察して、
 「今日は大バッハの曲を聴いて下さる皆さんに、良い音楽を精一杯届けよう」
と、激励してくれました。そして、ハッと気付いたのです。
 「私は、武闘家ではなく音楽家だ」と……。
 その時、私の心の底から湧いてきたものは、子供の頃から夢に見、憧れた音楽家としての「使命」です。それは、学校の音楽室の後ろの壁に貼ってあった作曲家達が心血を注いで書き上げた音楽を、今から自分自身が演奏する歓びでした。
 お陰様で、会場は満員御礼!その中には、私が音楽の道に進むことをことごとく反対した父・郁郎、その間を取り持ってくれた母・洋子、そして、大学7校を全てすべったときに𠮟咤し、後に今津音頭の作詞を手がけてくれた西村光照君、そして浅井芳子先生とそのご両親の姿が、舞台袖から見て取れます。もちろん、恩師・得津武史先生も中学生数人を連れて客席にいます。
 私は、静かに息を吐き、ここまでやって来たフルートとの格闘を静かに思い起こしていると、マエストロがポンと肩を叩いて、
「さ、行くゾ!自分を信じれば、それだけで良い」
と、耳元で囁いてくれました。そして、舞台下手(しもて)より、先ず私がステージに上がり、その後をマエストロがまるで我が子を見るような面持ちで指揮台に立ちました。

 

★★やりきった爽快感よ、永遠なれ★★

 マエストロの指揮棒が、先生の大きな気迫溢れる吐息と共に振り下ろされ、通奏低音(チェロ、コントラバス、そしてチェンバロ)のロ短調の和音が鳴り響き、バッハ「管弦楽組曲第二番ロ短調」の序曲が始まりました。たった13名の演奏とは思えないこの時の迫力が今も耳を過ります。
 宇宿允人先生と初めて出逢ったこの年の8月最後の日曜日、我が今津中学校吹奏楽部を“県大会で4位”という最悪の成績を点けた先生を学校に招いて教えを乞うた時の、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲の指揮のド迫力!やはり、ドイツ音楽の源流である大バッハの血が流れていることをこの序曲の冒頭で実感し、私は完全にこの音楽のになっていました。
 そして、いよいよ中間部の軽快なフーガに移ります。先ずフルートと第一ヴァイオリンのユニゾンでテーマを奏でると、それを第二ヴァイオリンビオラ、そして通奏低音(チェロ、コントラバス、チェンバロ)が4小節遅れで調を変えつつ追いかける、バロック音楽最高の作曲法(対位法)で展開されます。そして、フルートの技法を最大限活かしたソロ、とオーケストラのテュッティ(斉奏)が交互に現れ、神の響きを奏でます。そして、一番最初のテーマが、今度は拍子を4分の4から4分の3に変えて荘厳に序曲は幕を閉じます。
 現代では「組曲」というと、バレエやオペラの有名な楽曲を数曲抜粋して、アラカルト的にその曲の作曲家がTVの番組宣伝のように演奏します。有名なところでは、ビゼー作曲の歌劇「カルメン」「アルルの女、チャイコフスキー作曲のバレエ「白鳥の湖」「くるみ割り人形」ですが、バッハの頃の「組曲」は、この現代組曲とは別の性格の「古典組曲」で、ヨーロッパ各地の社交界での舞踊(ダンス)のために作曲されたものです。中身はテンポの速いものから遅いものまで多彩に彩られ、聞いていても踊っていてもとても楽しいものです。但し、調性は一貫しているので、初めから最後まで一体感があります。
 その中でも、序曲は楽曲の半分近くを占める長大な曲で、前奏曲の後に軽妙なフーガ、そして荘厳に終わるのは、当時、お行儀の悪い貴族もいたため、彼等に「今から舞踏会を始めるから、みんな集まって下さい」という合図としての役割も果たしていたと思います。そして、中間部のフーガは、「あなた方の踊りの伴奏をするオーケストラは、こんなに技術が良いので、今宵は素晴らしい舞踏会になりますよ」という意味を込めていました。このコンサートも、序曲に続き、ロンドサラバンドブーレポロネーズメヌエット、そして終曲はバディネリと続く30分近い大曲です。ここに書いた曲名は、ロンド(「廻る」という意味で、同じメロディーが何度も出てくる)以外は、全てヨーロッパ各地の舞踊音楽です。
 そして、いよいよダンプカーのブレーキのように中間部でrit.(リタルランド)を要求されたポロネーズです。チェンバロの長尾憲子さんも、ダンプカーを修得し、その演奏を聴いたマエストロの口元が緩んだのがとても印象的でした。そして、最後のバディネリは、この組曲全体で最もテンポの速い楽曲で、私の腕の見せ所です。
 こうして、私のプロとしての初コンサートは、お陰様でどこもミスなく、完璧な演奏で終わりました。あの時の最後のH(ハー)(シ)を吹き終わったときの感動は、今も時々甦り、私の人生に於いて苦しい時や行き詰まった時など、あの感動的終演をイメージすることによって乗り越えることができました。
 会場は万雷の拍手で、私を迎えてくれました。この感動的体験が、今の私の出発点であり、その思い出そのものが私のエネルギー源になっていることを今も実感しています。

 

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/