M&Uスクール

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今週の喝 第806号(2020.9.28~10.4)

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる
成功への道しるべ!この世は全て催眠だ547

宇宿先生は、背中に眼があるのか!?

 「やぁ、君はいつも熱心に私のレッスンを見ていたね。フルートをやるのか」
この言葉、そしてその時の宇宿允人先生の服装から髪型、顔つきから声のトーンまで、48年経った今も鮮明に私の脳裏に残っています。
 その時、私は直立不動の姿勢のまま、先生に応答していました。8月の最終日に宇宿先生を我が今津中学に招いて、レッスンを受けた日より、先生がお出でになる時を久しく待ち望み、先生の一挙手、一投足、一家言を見逃がさず、そのレッスンの表現を具(つぶさ)に覚知し、3時間弱のレッスンがあっという間に終わってしまうように感じられるくらいの集中力で臨みました。
 今思い起こしても、今迄私が学んできた音楽観とは全く別の世界がそこには広がり、そこに秘められた遠大な思想や深い意味など全く分からないまま、先生のレッスンを丸ごとアクセプト(受け入れ)していました。そこには、考える余地など微塵もありません。とにかく、何を言われているのか、何のために言われているのか、どうせよとおっしゃるのかなど全く分かりません。只只、見よう見まね(猿まね)でしかありませんでした。
 体育館の真ん中辺りに指揮台があり、そこから扇型に45人が合奏体形が広がっています。私は、上手側の先生から約10メートルほどの所にスコア(総譜)を片手に、先生の指示を聞き漏らすまいと、卒業生3~4人で陣取っておりました。そんなOne of them.であるにもかかわらず、またずっと私には背中を向けている状態にもかかわらず、宇宿先生は私の音楽に対する熱意や習得態度を見ていて下さったのです。
 先生から直接声を掛けて下さったのはこれが初めてであり、どう表現して良いのか分かりませんが、頭は真っ白で声も震えていたと思います。

 

★★「バカ!バッハだよ」★★

 

 そして、宇宿先生は、
 「君はどんな音楽が得意なんだね?」
と尋ねられました。私は盲目的に得津先生の指導の下にフルートを吹いてきましたので、
 「ハイ!“軍艦行進曲”とか“星条旗よ永遠なれ”などマーチを主に演奏してきました」
と答えたのを覚えています。現に吹奏楽を始めてからは、交響曲などに触れる機会はほとんどなく、クラシック音楽と言えば,自由曲に選んだ短い序曲などに限られ、一年の大半をその解釈や演奏法に費やしておりました。そのため、18歳になるまで、あの有名なベートーヴェンのハ短調第五交響曲「運命」すら、最初の4小節以外は知らない有様でした。このように、とても偏った勉強しかしてこなかったのです。
 この時、先生は自分のアタッシュケースを開けて、一冊の楽譜を取り出し、3ページ目の最上段にあるフルートパートを指で示し、
 「ここを吹いてみなさい!」
 私は何が何だか分からないまま、どう吹いたのかも今では思い出せないくらいの緊張の中、初見(初めて見る楽譜を初めて演奏する)でたどたどしく吹いたのでしょう……そんな時間が暫く経過した時、静かに楽譜を閉じて、私に「BACH」と書いてある表紙を見せ、
 「これは何と読むんだね?」
 「はい、バッチです」
 「バカ!バッハと読むんだ。こんな大作曲家を知らないのか?」
と一瞥され、楽譜をアタッシュケースにしまって、教室を出て行かれました。その間、約10分もなかったように思いますが、大谷大学では第二外国語にドイツ語を選択しておきながら、緊張の極では「バッチ」と読んでしまう大うつけと後悔しましたが、時既(すで)に遅し!突然教室に入ってこられた先生は「バカ!」の余韻を残して嵐の如く去って行かれました。

 小学校4年生の時、我が父郁郎が、
 「委員長になったら自転車買(こ)うたる」
の一言で、みんなにゴマをすり、二学期にやっと副委員長になった私は、自転車を買って貰い、喜んで乗り回していました。その一ヶ月後、私に月曜日の朝礼の時朝礼台の上で、
 「今週の目標!ちり紙ハンカチを忘れないように!」
と言う番が回ってきたのです。その時、一歩一歩朝礼台の階段を上がると同時に言葉を忘れてゆき、マイクの前では、頭は真っ白になり、4年生のくせに「ウェーン」と泣いてしまって降壇したのを覚えています。(もちろん、その後はみんなの反応は如何ばかりだったかは想像にお任せします)
 宇宿先生が教室を出て行かれた後は、この「朝礼台の屈辱」がフッと思い出され、赤面し、今からは取り返しの付かない10分に悔しさを覚え、臍(ほぞ)を噛む思いでした。

 

       この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/