M&Uスクール

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今週の喝 第641号  (2017.07.31~2017.08.06)

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

成功への道しるべ!この世は全て催眠だ384

 

              神は人間を平等に作り給うた!?
                                   
 私は、以前にも申しましたが、
“神は人間を平等に作り給うた”と仮想しています
 成績は悪いけど、クラスの花に毎日水をやる女の子を見て、
 「なぜ、この子は褒められないのに、こんな大変なことが出来るのかなぁ」と不思議に思っていたら、ジャイアンのようないじめっ子が来て、
 「おい、ゴマすり!なに点数稼いでんねん」
とイチャモンを付けます。先生は気付きもしてなかったのに、ジャイアンは気付いていたのです。それから15年ほど経ったころ、偶然、町でジャイアンに会い居酒屋パーティーになったとき、
 「あの時なんで、鉢植え倒したん?」
と切り出すと、ジャイアンもその時の光景を良く覚えていて、素直に、
 「何か分からへんけど、もの凄く自分がやろうと思ってても、ガキ大将やから素直に出来ないなんかがあって、それで無性に腹が立ったんやろな」
と彼に内在するルサンチマン性を純な心で吐露していました。
 そんな出来事ですら、水やりの女の子もガキ大将も、傍観者の私も、それぞれの立場の中で、それぞれの視点を観察すると、良いところも悪いところも混在し、その思考エネルギーは、みな平等だと思うのです。
 この世で評価されている人間は、この思考エネルギーを世の中が求めているものに用いた結果、社会がその恩恵を受けた結果です。世に何の関係もないことが出来ても、世間は無視しますから目立ちません。毎年、勲章や褒賞を天皇から授与されますが、勿論功績に対して厳正な審査をしているのでしょうが、本当に素晴らしい人かどうかは分かりませんね。

 

★★私に出来ないことをする者は尊敬の対象!?★★

 

 もう一つ、凄い例をご紹介します。我が心華寺に“ハジメちゃん”(名字は知りません)という、30歳前後でしょうか、現代流に言えば発達障害の子がいました。30歳前後なのにどういうわけか「子」と言ってしまうくらい、私には親しく寄り添ってくれました。
 ハジメちゃんは、私がSCHOOLの授業に行くのを待ち構えるように、山門の前を掃除して、必ず私の荷物を部屋まで運び、その後で
 「先生!東海道線と山陽線の駅やけど、東京から博多まで言える?新幹線と違うで!在来線やで」
と毎回尋ねてきます。私は、「東京、有楽町、新橋、浜松町、田町、品川」くらいまでしか知りません。そして私は間違って、品川から山手線に入ってしまいました。すると、ハジメちゃんは、スラスラと20分弱掛けて、博多までのすべての駅を言うのです。私も、自分の乗降駅「西宮」が近付いてくるとワクワクして聞き入りました。これは、凄い能力です。但し、毎月この洗礼に合うのです。そこで、授業の前の大切な約30分が潰されてしまいます。
 皆さんも、私のように考え、彼に捕まって駅の名を聞かされているときは、きっとイライラするのではないでしょうか? その時、フッと“内省”が聞こえてきました。
お前は、批判的にハジメを見ているが、お前は出来るのか?やろうとしたか?自分に関係が無いと言って、相手の能力を否定することをやめろ!」
この声は、神の声のように思いました。私は、自分の都合と事情からしかハジメちゃんのことを理解せず、自分が「やらない事」を「出来ない」といって“やろうとしなかった”のです。その判断基準は、自分の生活やビジネスに無関係・無関心なことだからで、彼の才能をただ大道芸のように物見遊山的に見ていたのです。
 社会も、ハジメちゃんのような子を、能力はあるが社会的に役立たない「アスペルガー症候群」といって、病気のジャンルに入れ、“異常”の一言で社会から疎外します。その結果、腫れ物に触るように大切にはされるでしょうが、愛なくして育ち、“心の病”のレッテルを貼られて生きてきたのです
 私は、天の声によって目を覚まされました。そう、自分に出来ないことをしている人間を、自分の都合と事情によって排他的になっている……私もジャイアンと同じ心を持った「ルサンチマン」だと痛烈に感じたのです。
 そこで、私は心に決めました。それは、「自分に出来ないことを、する人間を素直に認めよう」と……。そして、「それを、徹底しよう!」と決心したのです。それは、純粋な“尊敬=Respect”の心で行わないと意味がありません。そのことに善悪の基準を持つことをやめたのです。新宿歌舞伎町で真夜中に酔いつぶれて大股開きで路上に寝ている人間……私には、到底出来る所業ではありません。本来なら侮蔑の対象ですが、私は、それを認めることにしました。いや、そんな破廉恥な行為が出来るのも“生活エネルギー”の為せる業であると考え、そのエネルギー本体を見て、善悪、好嫌という小さい基準を捨て、その行為に対するパワーそのものを見るようにしたのです
 アインシュタインが予言した原子力の力も、オッペンハイマーによって原子爆弾となりました。しかし、用い方によっては原子力発電にもなるのです。私はアインシュタインを尊敬しています。従って、極めつけの回答ですが、新宿の路上のゲロ女も、生活エネルギーのパワーから見れば、「私には尊敬の対象」なのです。

 

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/