M&Uスクール

潜在意識の有効活用を教える学校”M&Uスクール”のサイト

今週の喝 第637号(2017.7.3~2017.7.9)

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

成功への道しるべ!この世は全て催眠だ 380

 

    「社会の評価は、役立つこと?!」
                            
 
 我々人間の能力は、天が平等に与えたと私は信じてこのコラムを書いています。多くの方々は、
 「そんな訳が無い、現実に、頭脳明晰な人間が社会をリードしているではないか。ならば、我々とキリストや仏陀は同じ能力とでも言うのか」
と、反論されるでしょう。
 確かに、世の役に立つ人とそうでない人の差は厳然と存在します。しかし、私の考えは、「世に役立つ」ことを基準にすると、それは、社会貢献に対する“差”として感じるでしょうが、そこには、「世の役に立たない事」に、もの凄いエネルギーを発する人達もいるのです
 その昔、私が小学生3年生の時、私の席の隣にK子さんという大人しい寡黙な女の子が座っていました。その子は、成績も中くらい、容姿も目立たない、遊び時間もみんなに合わせる、そして、身体が少し弱かったのか、良く欠席していました。
 しかしある時、私が消しゴムをテストの最中に落とし、それを探しに席を立って先生に注意を受けました。そして、席に戻るとピンク色の消しゴムが半分に割られて私の答案用紙の上に置いてあるのです。明らかにK子さんがくれたのです。
 それ以来、K子さんに興味を惹かれ子供ながらに観察するようになりました。全く眼中に無かったときは、気がつくことも無かったのですが、なんと彼女は、毎朝、先生の机の横のグラジオラスに欠かさず水をやっているのです。
 私は、「K子さん偉いねぇ」と言うと、「私、身体が弱いから、花が水欲しがってるのんが分かるねん」とさりげなく言うのです。学校では、テストの成績で通信簿の点数が決められますが、所見欄にはあまり意識が行きません。果たして、担任の米田和子先生は、K子さんの優しさを所見欄に評価していたのか、いまだに気になります。

 

★★「E」の強さは何で決まる?★★

 私は、後にK子さんを美化委員に推薦しました。これは後年の私の感覚ですが、さぞ心の優しい奥様になったことと想像します。
 反対に、成績が良くて、掃除当番をサボるM君に、「何でみんなと一緒にせんと、サボんねん!」と注意したことがあります。Mの答えは、「そんな暇があったら勉強するんじゃい!」と言います。確かにMは成績優秀でしたが、大人になってからは同窓会にも顔を出さず、その消息は杳(よう)として知れません。
 このように、人は一長一短があり、その能力は基準によって視点が変わる故、優劣を感じると私は考えるのです。すると、再び
 「悪人と善人は、なぜ分かれる?」
と、質問がやってきます。それは、その人間の人生に於ける出生や環境、そして生まれながらの性質や感性によって分かれるのではと仮説を立てて検証しています。
 先回は、人間の活動(心)エネルギーを「E」として、そこに一見、違いが見えるのは、能力の差では無く、「E」の用い方にあるとしましたね。つまり“気の多い人間”は気が散るため、「E」を一つに集中して用いることが出来なかった結果と回答したのです。この気が散る数のことを「気散係数=X」としました。ですから、「E」の強さは「集中vs気散」によって決まると仮説したのです。
 そして、私たち人間は、感動、感銘、憧憬、思考が同調をします。これは、単純に「気が合う」ことを基本として、年齢や経験、技量やセンスが引き合う要素を形作ります。
 今から30年ほど前のことです。我が盟友・斯波最誠和尚と出逢って間もない頃、和尚が本堂で弁財天様の前でお経をあげているところにお邪魔したことがあります。その時の雰囲気を思い出すと、未だに鳥肌が立つ感覚に襲われるのです。和尚の読経の響き(声ではなく)が鬼気迫る迫力で私の身体を縛り付け、身動きできない状態(一種の催眠でしょう)になりました。勿論、お経の内容など難解で私には理解できませんが、そんなことより斯波和尚の仏様に対する情熱や信仰の深さを如実に体感した思い出です。
 この事以来、その人間の迫力はオーラとなって、ほとばしるエネルギーを放つことを実感しました。また、手前味噌ですが、斯波和尚の師匠である、現在、長野の善光寺大(だい)勧(かん)進(じん)・滝口宥誠(ゆうじよう)師は、私の笛の音を「石(いし)笛(ぶえ)の響きやなぁ」としみじみ独り言をおっしゃいました。石笛とは、もともと単純に石に穴が明いたものですが、その穴の開き方が仏や神の世界と同調し、そこに神仏を感じるエネルギーを醸し出すと言われています。
 ここに、人間も笛の音と同じように響きを持ち、それが共鳴することで、人間社会が成り立っているのではと言う、気付きが生まれたのです。

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/