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今週の喝 第634号(2017.6.12~2017.6.18)この世は全て催眠だ(377)〜「ビギナーズ・ラックの不思議」〜

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

潜在意識ってどんなもの? 

この世は全て催眠だ(377)

「ビギナーズ・ラックの不思議」                                 
 私たち人間は、無欲の状態で一つの方向に心が向いたとき、不思議なエネルギー、「ビギナーズ・ラック」(初心者の幸運)が訪れるのをしばしば目にします。
 つまらない例で言うと、今から30数年前、私が初めてある画家の先生に誘われて競馬場で馬券を買ったとき、何と1万円が12万円になったことを思い出します。私の父は厳格で、家訓に「博打はするな!」と第一に掲げておりましたので、見ているだけのお付き合いと思って、足を運んだのですが、その画家の先生が
 「博打もやらんような面白くない芸術家は大成セン。帰れ!」
と、恫喝され、カチンと頭にきた弾みで、その名も“スイート・ロマン”という名の単勝馬券を買ったところ、
 「そんな弱い馬は止めろ!」
と、また命令口調で言われました。こうなると意地の張り合いです。当時1万円は私にとって高額投資でしたが、意地が勝り、これで良いと金を捨てたつもりで馬券を買いました。すると、何とその時本命と穴馬が接触し、騎手が落馬。何と3番人気だったスイート・ロマンが1着になったのです。それからの画家先生は、
 「この笛吹きは博(ばく)才(さい)がある。将来が楽しみだ!」
と、私を大きく持ち上げてくれましたが、それ以降、こんな幸運(ラッキー)が続くはずもないと、本来なら競馬に嵌まるところを 「二度と競馬場に足を運ぶまい」と心に誓いました。
 パチンコも同じ事が起き、初めて入ったところで3千円の投資で3万円をGetし、こちらは電車待ちなどの時などに、味を占めた迄は行きませんでしたが、たまに行きましたが、それ以降は全くダメでした。
 勿論、パチンカーと呼ばれるプロに近い人達もいることは知っていましたが、私のようなずぶの素人が、それも第1回目で一山当てる(大げさですが)のは凄いようです。

 

★★人間だけが、気付きを持っている!?★★

 先回、茂木健一郎先生から「おもいで酒」の作曲に要した時間を問われ、短時間(約2分)で作ったことを言うと、
 「その純な心こそ、素晴らしい歌を生む原動力だと思う。何の執着もなかったでしょ
と、お褒めの言葉を頂戴した話をしました。「おもいで酒」は、私にとって演歌という流行歌の作曲、しかもプロの歌手が歌う歌としては第1号でした。さすれば、これもビギナーズ・ラックだったのでしょうか。
 そして、以後邪心に苛まれるのですが、このビギナーズ・ラックの起因を探ってゆくと、インターネットでは、「偶然に過ぎない」とか、「世の人間に与えられた条件は平等」、「その事象のみを強調して伝えたことによるデフォルメ(誇張)!」などと、否定的な見方が多いのです。
 しかし、実際にそのような体験を良しにつけ悪しきにつけ味わった私は、冷静にその頃の自分を分析してみることにしました。
 確かに、世の人間に与えられた世界の条件や事象は、老子が「天地は不仁なり!」と喝破するように、仁(真心)を感じられません。つまり、天や地を司る神(法則)は、我々人間に対して、良い事をしたから良い結果、悪い事をすれば罰(バチ)を当てるというような信賞必罰的発想は、その部分をデフォルメしない限り“世の法則”とは言い難いものがあります。
 世の成り立ち……世界や法則が同じであるのに、私は自分の人生を振り返ってみると、何か知らない内に“幸運”というものに守られていたような感があります。それは何かと考察してゆくと、その昔、ユダヤの六芒星の意味を見いだしたローゼンツヴァイクの論理を借りると、そこに一つの見落としがあることに気付きます。
 彼は、六芒星を正三角形と逆三角形の融合物であることに着眼し、正三角形の三つの頂点を、この世を形作った三要素、神・人間・世界とし、それぞれの関係を逆三角形の三つの頂点に喩えました
 ①神と世界の間で為された業が「創造」
 ②世界と人間の間で為された業が「救済」
 ③神と人間の間に為された業が「啓示」
であるとしたのです。まさに、神は大宇宙を創造され、その中の地球も神の創造物であり、その地球を世界に持つ人間は、地球からの恵みである海の幸や山の幸(食料)で命を繋いでいます。しかし、人間は自分達の持つ英知を自分達自身が培ったものと錯覚する傲慢性を、有史以来幾度となく冒してきました。そこで神は、人間にそれを戒めるために、啓示として災難を与えたという回答を得たのです。
 それが真か虚偽かは別にして、人間は天地の災害の中で叡智を養ってきたことは確かな事実です。つまり、神も世界(自然)も法則の下で不変の営みを繰り返していますが、人間だけはそこから学び、自分達を修正してきたのです。つまり、人間だけが変化に対応する能力があるというのです。
 従って、ビギナーズ・ラックの成因も、この人間の叡智の何かに秘密があるのではないかと、私はその経験則から気付いたのです

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/